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名古屋高等裁判所 昭和41年(ネ)423号 判決 1967年8月25日

主文

原判決を左のとおり変更する。

控訴人は被控訴人に対し、金五五万一八三二円及びこれに対する昭和四〇年九月五日以降完済まで、年六分の割合による金員を支払え。

被控訴人その余の請求を棄却する。

訴訟費用は第一、二審を通じこれを五分し、その一を控訴人、その四を被控訴人の負担とする。

事実

控訴代理人は、「原判決を取り消す。被控訴人の請求を棄却する。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決を求め、被控訴代理人は「本件控訴を棄却する。控訴費用は控訴人の負担とする」との判決を求めた。

当事者双方の事実上の陳述及び証拠関係は、左記のほかは、原判決事実摘示のとおりであるから、これを引用する。

(控訴代理人の陳述)

控訴人は本件債務引受契約を強く否認するものである。仮に、しからずとしても、昭和三六年四月三日当事者間に成立した契約(甲第一号証)においては、控訴人は被控訴人に対し本件売掛債権四〇七万九六一二円を昭和三六年九月から分割で支払うこと及び、右分割返済額、期間については同年八月一五日協議して決定する旨の特約が存するから、いま直ちに右全額を一時に支払うべき義務はない。なお、同日協議がもたれなかつたならば、更めて、分割額とその方法を協議すべきである。

しかも、控訴会社は設立に際し、その代表取締役個人の債務を引き受けるについては一定の手続を必要とするものであり、定款に何の規定もなく何の対価もなくして他人たる代表取締役個人の債務を引き受けることは会社の目的及び設立の本旨に反する。

仮に、しからずとしても、控訴会社はその代表取締役たる深尾四郎個人の債務を引き受けたものであるところ、右引受については、取締役会の承認ないしは追認を受けていないから無効である。

(被控訴代理人の陳述)

控訴人主張事実は否認する。

控訴会社が深尾四郎の債務を引き受けるについて、取締役会は承認したものである。すなわち、控訴会社設立の趣旨は、従来の個人企業であつた三栄電機商会を会社組織にあらためることにより将来の発展を期せんとするものであつたから、三栄電機商会の有していた信用、顧客、資産等の営業基盤は、実質上控訴会社に引き継がれなければならなかつた。この場合、被控訴人との取引が引継ぎの対象とされていたことはその後の取引の経過よりして明かであり、かつ、当時金二六五万四〇〇八円もの債権を有していた被控訴人がその債務の引受けを控訴会社に承認させることなくしてその後の取引に応じることはとうていあり得ないところであつたから、深尾四郎は、控訴会社設立後まもなく、代表取締役として各取締役に対し、持ち廻りにより前記引受けについて承認を求め、各取締役もこれを承認したことは明白である。

仮に、設立の際その承認がなかつたとしても、その後、控訴会社は被控訴人と従前どおり電機製品の取引を行つており、三栄電機商会当時の債務を順次被控訴人に支払い、また、昭和三四年度以降毎決算期には、被控訴人に対する債務を三栄電機商会当時の債務を含めて商法第二八一条所定の計算書類に計上し、かつ、所得税確定申告をしているから、かゝる業務執行の決定のための取締役会の都度、右取締役会は前記債務引受を承認もしくは追認したものである。

もし、以上の業務執行の決定のための取締役会が開かれずして控訴会社の経営が行われているものとすれば、すなわち、同会社は名は法人であつても実は深尾四郎個人経営の企業であり、したがつて、同人と控訴会社の利害とは対立して衝突する余地なきこと明白であるから、本件においては、債務引受けにつき取締役会の承認を要しないものということができる。

仮に、以上が理由がないとしても、被控訴人は昭和三四年一月六日以降本件債務引受けがなされたものと信じて控訴会社と取引を継続し、その支払を受けて来たのであり、かつ、代表取締役深尾四郎の確認まで得たのであるから、かゝる善意の第三者たる被控訴人に対し、控訴会社が債務引受けの無効を主張することは取引の安全の見地からしても許されないところといわねばならない。

証拠(省略)

理由

当裁判所も、控訴会社は、その設立の頃、深尾四郎が被控訴人に対して負担していた買掛代金債務金二六五万四〇〇八円を引き受けたものと認める。その理由は、「原判決採用の各証拠並びに、いずれも成立に争ない甲第三号証、乙第一号証、当審における控訴会社代表者本人の供述により成立の真正を認め得る乙第二号証、当審における証人横尾良一の証言及び控訴会社代表者本人の供述を彼此対比し、本件口頭弁論の全趣旨とも対比すると、三栄電機商会なるものは、昭和二九年九月頃控訴会社代表者深尾四郎の妻深尾鈴子名義で開始された電気製品の小売販売を営む個人営業であつたが、昭和三一、二年八月頃深尾四郎が、それまで勤務していた中部電力株式会社を退社した後は、その実質上の営業主は深尾四郎であつたものと推認するを相当とし、前掲各証拠中、右認定に反する部分は採用することができない。」と附加訂正するほかは、この点に関し、原判決理由の説示するとおりであるから、これを引用する。

次に、控訴会社がその設立後、被控訴人から電機製品を買い受け(代金は毎月二〇日締切、翌月二〇日支払の約であつたことは、原判決挙示の各証拠により認められる)、昭和四〇年三月二〇日現在、合計金五五万一八三二円の買掛金債務を負担していることは控訴人のこれを認めるところである。

しかるところ、控訴人は、本件代金債務は分割して支払う約定である旨主張し、成立に争ない甲第一号証中には控訴人主張に添うかの如き記載が存するのであるが、原審証人木村直喜の証言によると、その内容を協議する日と定められていた昭和三六年八月一五日には、控訴人は被控訴会社へ出頭しなかつたため、分割返済額、期間等の協議ができず、結局、その内容は未だ定められていないことが認められるから、該主張は失当である。

次に、控訴人は控訴会社のした本件債務の引受は商法第二六五条に違反する旨主張する。控訴会社がその代表取締役たる深尾四郎の債務を引き受けることは、事柄の性質上、一般的に両者の利害が対立し控訴会社に損害を与えるおそれある取引というべきであるから取締役会の承認を必要とするところ、前記乙第一、二号証と当審における控訴会社代表者本人尋問の結果を総合すると、控訴会社の取締役は当時、深尾四郎、深見鈴子、深尾由市、杉浦菊子の四名であつたが、設立以来未だ且つて取締役会を招集したことなく(深尾由市は深尾四郎の父、杉浦菊子は三栄商会時代の従業員)、したがつて、その承認もなかつた事実が認められる。甲第四号証によれば、控訴会社はその設立後の第一期決算報告においては右三栄商会の旧債務をも含めた債務を会社債務として計上していることが認められるが、これあるからといつて、前叙事実の下では、取締役会の承認ないしは追認があつたとは認め難い。また、控訴会社の実体は、代表取締役深尾四郎の個人企業に類したものであるにせよ、右は、被控訴人主張の如く、本件債務引受にその取締役会の承認を要しない根拠とはなし難い。以上の如きとすれば、控訴会社のした深尾四郎の買掛代金債務金二六五万四〇〇八円の引受けは無効といわざるを得ない。被控訴人は、この点につき、取引の安全を害する旨主張するが、取締役会の承認を欠く取引行為は無権代理行為に準ずる行為として無効であると解するので、右主張は採用するを得ない。

叙上の如く、被控訴人の本訴請求は、控訴人に対し売掛代金五五万一八三二円及びこれに対する訴状送達の翌日たること記録上明白な昭和四〇年九月五日以降完済まで、商法所定の年六分の割合による遅延損害金の支払を求める部分は正当として認容すべきであるが、その余は失当として棄却を免れない。よつて、右と異る原判決を変更し、民訴法三八六条、九六条、九二条を各適用し、主文のとおり判決する。

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